自社の採用活動に適切な結果を出し、価値を上げようと思えば、他社の採用活動との差別化が必須です。同時に、結果としてのミスマッチを未然に防ぐことが必要条件です。
その両者をかなえるためには、「コミュニケーションの親密化」を中心に、今までとは異なるコミュニケーションのありかたを考える時期に来ていると思います。
コミュニケーションの親密化によって、情報の量を増やし、情報の種類を変え、納得度を高める。そのことで他社との差別化を果たしたり、ミスマッチを未然に防止したりすることが目的です。経験上、採用活動にソーシャルツールを用いることの最大のメリットも、そこにあります。
その理由において「ソーシャルリクルーティング」はこれまで以上に行われる価値があるのだ、と思っています。
だから考えるべきは、(ソーシャルならソーシャルによって)「コミュニケーションの親密化」を、どう実現できるのか?その親密性をはぐくむものの正体は何か?を知ることだと思っています。
■コミュニティと母集団
こういったことを考える際、常に忘れないようにしていることがあります。それは、「採用活動とはひとつのコミュニティ活動であるということ。そして、コミュニティにおけるコミュニケーションをいかに良質なものにするかというミッションである」ということ。それを強く意識できるかどうか、と。
もちろん、これまで広く一般に行われてきた採用活動も、すべからくコミュニティ活動であったはずです。でも、この分かりきったはずの「コミュニティである」という意識を、強く持てるか/弱いままでいるかによって、そこで行われることも効果も全く違ってくるものだと、最近つくづく感じています。
これまで行われていた新卒採用を例に取れば、コミュニティの期限は長くて1年であり、毎年毎年メンバーの総入れ替えを行なっていた、ということになるでしょう。
そこで行われるコミュニケーション活動は、中心に企業(採用担当者)がいて、就職希望者(コミュニティメンバー)に対して上下関係的に情報伝達する、という姿を効率的としています。コミュニティに参加メンバーが多いほど、「確率論的に」成果を出す可能性が高まると仮説ができ、多く集めるためには、マスアプローチの手段が適しています。
しかし多く集めることの代償として、直接コミュニケーションが弱くなったりします。例えば直接対面する選考の場においても、最初に足切りをしてみたり、数を捌くのに効率的なプロセスが実施されたりする。その代償(犠牲)を引き受けるのは、主に就職希望者のほうでした。
こういった一方的なコミュニケーションに支配されたコミュニティ活動は、情報を伝達する側が強者の立ち位置にならずには成立しませんが、参加者による親密度は弱くなると言わざるを得ないでしょう。その反動として、同じ企業の採用活動に参加している同士が親密なコミュニティ活動を欲すれば、場所を変えて「みん就」や「2ch」にその場が形成されてきました。また、親密度の足りないコミュニケーションを積み重ねた結果として、最終段階で内定辞退が多くなったり(差別化不足)、早期退職や低モチベーションの若手社員を多く生む結果(ミスマッチ)が生まれてしまいます。
こういったコミュニケーション親密度の弱いコミュニティは、実際には「コミュニティ」として意識されていたのではなく「採用母集団」として意識されてきました。
■「親密度」の正体
もう一歩、深く考えたいと思います。なぜ一方通行のコミュニケーションが中心のコミュニティでは、いまいち親密度が高まらないのでしょうか?(なぜ説明会の無断欠席が多くなったり、内定辞退がたくさん出たりする問題がこれほどまでに発生するのでしょうか?)
一方通行のコミュニケーション中心のコミュニティでも、親密度が高いケースも見受けられるとすれば、両者の違いは何でしょうか?
関係性が深まっていないから?---だとすれば、関係を深める施策を打てば良いということになりますが、どうすれば深まっている状態になるのでしょうか。
もっと問題を絞って表現するならば、関係が深まっている、とは測定することができるでしょうか。測定できるなら、目標値とのギャップを見つけ、そこへ向かって対処することが可能ということになります……。
とても難しい課題ですが、現時点でこの問いに回答を出すためには、一方通行のコミュニティに親密度が高まらないのは「クラスター性が決定的に欠如しているからだ」と課題認識してみたらどうか、と考えています。
つまり一方通行コミュニケーションの採用活動は、そのコミュニティの「クラスター性」を高める機能が圧倒的に乏しい。だから親密度が低い。クラスター性(数値化すればクラスター係数になる)が低いからメンバーから差別化されない、ということです。わかりきっていることでも、まずはこう認識してみる。
「クラスター」、、、複雑ネットワーク研究の世界の言葉を借用しました。複雑ネットワークとは現実世界のネットワークについて研究されている学問ですが、そこで示されている「ネットワークのクラスター性」(と、クラスター係数)という観点は、採用担当者にとって、特に「ソーシャル」を意識する担当者にとっては、非常に重要なポイントになると考えています。 【参照】複雑ネットワーク(Wikipedia)
■クラスター係数とは?
コミュニティを形成している人たち同士が、どのくらいつながっているか、その全体の繋がりの可能性のうち、どのくらいを満たしているかというのがクラスター係数です。
例えば、Aさんの誕生日パーティーにAさん、Bさん、Cさんがいたとします。この3人の中にある繋がりの可能性は「AさんとBさん」「AさんとCさん」「BさんとCさん」という3つです。3名全員が知り合いであれば、全体の繋がり可能性が3つとも満たされているので、クラスタ係数は100%(=1.0)となります。
たとえば「BさんとCさん」が友人ではない場合、このパーティー会場のクラスタ係数は3分の2で、66.7%(=0.667)となります。 【※2012/11/9訂正:この場合のクラスター係数は「ゼロ」が正しいものでした。訂正します。詳細は文末に記載】
では、どちらのパーティーのほうが盛り上がるか。親密度が高いか。参加者満足度が高いか。
クラスター係数が高くなると、そのコミュニティの親密度は上がり、参加している人々の満足度やコミュニティへのコミットメントは高くなる、幸福度が増す、コミュニティとしての優先度が上がる、ということが複雑ネットワークの研究が示す主要な観点のひとつです。
コミュニティ参加者の「数の多さ」は、一人ひとりの満足度に対する相関関係はそれほどない。強い相関を示すのは、「クラスター係数」ではないか、と。
そう考えてみると、参加している人の数が多くなるほど、クラスターの分母を増やすことになるので、係数を高める活動(満足度を高めるための活動)への労力がさらに大きくなりそうです。母集団をたくさん集めたゆえに関係が薄くなる状況が、容易に想像できます。
※ちなみに:
人生への幸福感が少ない人(例えば自殺志願の傾向にある人)のソーシャル・ネットワークをオンラインデータから解析してみると、実は「友人の数」は平均よりも多いのだそうです。加えて、参加しているコミュニティも多い。しかし、「クラスター係数」が圧倒的に低い。 (※文末に資料リンク)
つまり、友人の数が多いようにみえて、その友人同士に繋がりがないということを示しています。おそらく刹那的に脈略なく繋がってみた希薄な数が多いのでしょう。また、あちこちのコミュニティに顔を出すが、その中に知り合いがほとんどいないという状態でもあります。数が多くなれば心が満たされる可能性も高まるのではないか、と数を増やし続ける気持ちは切ないものですが、理解できる気がします。でも、参加するコミュニティの数を増やしたところで、自分は救われない……。
こんなところからも、「コミュニティ内でクラスター係数を高めること」が人間のネットワークにおいて、どれだけ満足度や忠誠度を高める結果になるか、想像に難くありません。
■採用担当者として考えてみたいこと
これらはごく単純なことに思えますが、あるコミュニティを強いコミュニティたらしめる特徴は「クラスター係数の高さである」と認識設定してみたいのです。そうすると、これまで実感値としていたことがいろいろ紐解けてくるように思えます。また、今後何をしなければならないか、というヒントを多く得られるのではないでしょうか。さらには、「ソーシャル」には難しいと思われていた効果測定指標も、その向こう側に見えてきそうです。
例えば多くの企業が行なっているように、内定者同士をいち早く顔合わせするイベントに意味があるのは、「コミュニティ内のクラスター係数をあげる作用があるから」ということができます。だから、そのイベントは、社長の話を一方的に聞いて終わりではなく、グループワークをしてみたり、懇親会をしたりするのだと思います。(もちろん、それをすれば係数が上がるというものではなく、中身ある「繋がり」にできるかどうかが勝負なのですが)
そう考えると、もっと選考プロセスの初期段階からクラスター係数を上げるための設計があってしかるべき、という発想が自然です。コミュニティに参加している人同士の繋がりを促進し、参加者全体のコミュニケーション量を増やすという発想です。または、コミュニティに参加してくれた人たちが、そのコミュニティ内で情報発信でき、プレゼンスを上げるような活動を増やしてみる、という発想です。ソーシャルツールの活用は、それをぐっとやり易くしてくれるものだと気がつきます。
参加者同士が、お互いの繋がりを形成するために多方向にコミュニケーションをとり、実際に「つながった」と感じられるような施策について、各社なりの工夫が今後ますます可能になるでしょう。また、その観点にこそ集中して施策を考えるというのは、担当者にとって非常に大切なガイドラインになるのではないかと感じます。
弊社のわかりやすい事例を一つ取り上げてみます。会社説明会をUSTREAMでライブ中継し、twitterのTLで会場の内外からも参加できるようなしかけを数年続けています。説明会のコンテンツの作り方としても、「TL上で、参加者同士がつながっていくような工夫」を大切にしており、実際に説明会を行うと、自然発生的に参加者同士の多方向のコミュニケーションが始まります。(視聴者や会場参加者がお互いにリプライを飛ばし始めたり、採用担当者に向けた質問に別の参加者がTL上で回答してくれたり、書き込みルールを自主的にTL上でまとめてくれたり。説明会の後も参加者同士が繋がったり。)会場の内外という枠を飛び越えて、参加者同士が繋がっていく、そういった経験が、採用活動全体の満足度を上げている実感が、毎回あります。
例えばこういったWebセミナーに関する工夫ひとつとってみても「クラスター係数を上げる」という視点から捉え直してみることで、よりよい工夫が企画できそうです。
上記は「他社(=他コミュニティ)との差別化」が中心の議論にも思えますが、親密化するコミュニケーションの中で、そのコミュニティに対する納得度が高まる人と、「このコミュニティは、自分とはちょっと違うな」と判断できる人など、区分けが明確になってくることも明記しておきたいポイントです。説明会の内容がそれを意図した設計になっていることも、勿論です。そういった内容に「できる」というのが正しいかもしれません。採用母集団確保の発想で行われる説明会や選考とは、目的も、交換される情報の種類も違うものになってきますし、それが可能な関係を醸成していくことになります。
もちろん単純な話ではありませんが、相互理解が進むことで、その後の選考プロセスや、自社そのものへのコミットメントがとても強固なものになり、ミスマッチの低減につながると考えています。
本来知ってもらうべき仕事の中身、選考プロセスの持つ意味など、本来的に共有したい情報が、「納得できる情報」として受け入れてもらえるということだと思いますし、逆に言えば、そういったコミュニケーションにしていかなければ意味がない、ということでしょう。
似た者同士が集まってしまう「多様性の低減」というリスクをきちんと踏まえて行っていくことも、この場合のポイントになりますが、弊社の場合、逆に「面接」の占める比重が低くなってくることで、多様性が担保しやすくなるのではないか?という実感もあります。親密性が増すことで、面接以外の場での情報量が増えてくるので、面接という制約された情報交換に頼らなくなることが、(皮肉にも?)ミスマッチ低減や多様性確保の可能性を秘めているという実感……。ここは、これまでの選考/採用に関する思い込みを反省する部分でもあります。
また、他社の事例では、セプテーニさんの「選考プロセスの途中、ソーシャル上で選考通過者同士がコミュニケーションする仕組み」を始めとした、ほぼすべての施策が、クラスター係数を高める結果に一貫して繋がっているように思います。おそらく「ソーシャル」ということの意味を俯瞰されている結果なのだろう、と、いつも感心させられています。
( Link: セプテーニグループの「コミュニケーション」と「バイラル」を実現した採用プロセスとは? via[ソーシャルリクルーティングの世界])
■まとめ
特に、弊社のように、採用人数が少ない中小・ベンチャーの場合、「応募人数を多くする」という(クラスターの観点から)困難な道を選択するよりも、丁寧に、クラスター係数を高く維持できる規模感の活動を継続できるほうが、最終結果(他社差別化/ミスマッチ低減)にはつながりやすいのではないでしょうか。そのために「ソーシャル」という考え方はオンラインでもオフラインでも大きく寄与しますし、様々なソーシャルツールは、その意図において非常に使いやすく便利なものです。
1年ごとにコミュニティを総入れ替えするということも「ソーシャル」という感覚からは不自然に思えます。その観点から「新卒採用」という枠組みをそもそも捉え直すことも、これから行いやすくなってくると思います。そのほうが効果を上げる場面も、今後は多く見られるようになるのではないでしょうか。弊社も、強く意識して行いたいと考えているポイントです。
■補:「双方向コミュニケーション」における欠落
最後に、付け足し気味の話で終わりたいと思います。
「一方通行ではなく、双方向のコミュニケーションにすれば良いのではないか?」という考え方についてです。この考え方は、少し前にありましたし、今もそれをやろうとしている担当者を時々見かけます。また逆に「ソーシャル」を導入したいが、手間がかかるのではないかと危惧し躊躇されているケースも、「双方向コミュニケーションの充実(の大変さ)」を念頭に判断されているように思います。
しかし、採用活動というコミュニティにおいて、双方向コミュニケーションがなし得るのは、主に企業と就職希望者の1:1のコミュニケーションを充実させることのみです。それももちろん悪いことではありませんし、それが大切な場面も多々あります。ただ、双方向の充実だけに集中していても、コミュニティ全体で見れば、納得度・親密度には一定の範囲内でしか貢献できないということも明らかです。
その限界を突破するのは、(双方向を越えて)多方向のコミュニケーションを誘発することと、それによってクラスター係数を上げることだ…というのがここまでの論旨となります。
いま現在、「双方向」のほうを強く意識している採用担当者の中には「採用担当者が有名になれば(目立つキャラクタになれば)」「コミュニケーションに特徴を出せば(フランクに接するとか)」、そのことで多くの人達に注目されるようになって、双方向コミュニケーションの与える影響が強くなり、限界の問題が突破できるはずだ、という感覚で頑張っていらっしゃるのかな?という方も見受けられます。
でもそれは、結果として自分を中心とした繋がりを強化しようというだけのもので、コミュニティ全体の幸福度には、あまり貢献しないかも、という観点が必要ではないでしょうか。クラスター係数の観点から考えれば、自分自身が中心になるという範囲の施策からは、抜けだしたほうがいいという結論になります。(採用担当者としての)自分がいるからこそこの場が成り立つという充実感は、気持ち的に分からないではないです。ですが、「ソーシャル」の発想から見えてくるのは、コミュニティの主役・中心は採用担当者ではなく、参加している全員ひとりひとりでなければならないということです。
担当者が有名になることを、自社の差別化、つまり採用活動の成功のためのキーポイントにするのは、段階論で言えば、やや前時代的な段階にとどまっていないか考えてみるべきではないかな、と強く感じています。
※クラスター係数の数値訂正について: 「クラスター係数」の計算方法に私の事実誤認があり、 ご指摘いただきました。
3人パーティーの例でBさんとCさんのつながりがない場合、
クラスタ係数はゼロ、というのが正しい表現です。
【計算式】クラスタ係数(Ci)=三角形の数÷(ki(ki - 1)/2)
・i…AさんとかBさんという個人
・k…繋がりの数
・三角形の数…人と人の繋がりを線で表現した時にできる三角形 (3人集まれば三角形はひとつできる)の数
3人しかいないのに、 そのなかのワンペアが繋がっていないとA〜Cの誰から見ても 繋がりの三角形がなく、クラスター係数はゼロ。でした。
(文責:人事・採用担当 浦野)
★今回参考にした書籍など
■増田直樹(著) 私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する (中公新書)■ポール・アダムス (著), 小林啓倫 (翻訳) ウェブはグループで進化する ソーシャルウェブ時代の情報伝達の鍵を握るのは「親しい仲間」
■Suicide ideation of individuals in online social networks
コメント