街中にリクルートスーツの若者を見かける季節になりました。
今季も12月1日にナビサイトや各社採用ページがオープンし、4月には倫理憲章的にも選考解禁となり、日本中で2015新卒採用活動が本格開始されています。
われわれアイティメディアも、毎年この時期に採用活動を行っている企業ですが、前回(2014採用)から、「新卒採用」という看板をおろしました。
「新卒だけを対象とした採用」という枠組みを、やめています。
既卒者OK、就業経験者OK、もちろん新卒もOKとしています。就活のために学業が疎かになるようであれば、大学でしっかり勉強してください。卒業後に就活してもらえれば良いです。そのための門戸を開いています。現在、ほかの企業で就業している方でも、極端な話、60歳の方がその社会経験を武器に応募してくれても良いです。
事業戦略を採用戦術に落としこんでみると、採用対象を「新卒だけ」に絞ることに特段の意義を見出せなかっただけでなく、対象を絞らないことのほうが、これからは採用成功の条件になるとさえ考えたからです。
加えて、そろそろ企業は本気で「新卒一括」を脱する論理を、口だけではなく、主体的に探すべき時ではないかと考えていたという背景もあります。
今回は、現時点でアイティメディアが「新卒採用」の枠組みについて考え、実践していることを記したいと思います。かなり基本的な前提から書き連ねますが、この話題は、採用界隈の最重要トピックだなあと、あらためて考えています。ここ1~2年で大きな議論に発展するかもしれません。
採用担当者が自社の成果継続を考えるときに、これから避けて通れない議論であるばかりか、「日本の就活のあり方」の構造変革について敷衍する話にならざるを得ないからです。
前編・後編の2回に分けます。今回はその前編です。
---【参照】---
アイティメディアの「2014採用」イベントの様子。学生も社会人も対象に、メディアを「ビジネス」として考えるイベントにしました。学生だけを対象にしない意味を、「金儲けをどうするか」という視点の議論で建て付けました。ゲストに津田大介さんをお招きしています。
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■端的な結果として:
新卒に限定しない採用に移行する際、心配をしていたことが2つありました。1つ目は「学生から敬遠されることが増えて、全体の採用成果にマイナス影響が出ないか?」ということ。2つ目は「ミスマッチな応募を誘発するだけではないか?」ということです。
結果から言えば、これらはまったく当てはまりませんでした。
1つ目の心配点に対しては、社会人はもちろんですが、今回の趣旨に賛同してくれる前向きな学生の方々からの応募が増えた、というのが実際の印象です。「社会人と渡り合ってでも」という前提で受けてくれる学生の方々が増えたことで、結果として選考プロセスもスムーズで、内定者の層は厚くなったと考えています。
このような結果に繋がった要因は2つあると思っています。ひとつは、理由(なぜ新卒に限定しないのか)と選考基準を明確にすることで、母集団を無為に広げることは目的にしなかったこと。もうひとつは、選考プロセスの中で、その意図を具体化できたことです。たとえば、会社説明会では、学生が夢見やすいような話は一切排除して、具体的な「ビジネス」についての議論を学生と社会人と社員が行うものにする、などです。
この2つの条件(たった2つですが、非常に重要な2つだと考えています)を踏まえたことで、「(新卒に)限定しない」からこそ、逆説的に「(求める人材への)ターゲティング手法として」効果を出したとの最終判断に至りました。
その点から、2つ目の心配も杞憂となりました。自分なりの理由を持って就活の流れに乗っていなかったような、自主性ある方々や、弊社のファンになってくれる社会人の方々とお会いできたと考えており、そういった方々こそ、(後述しますが)アイティメディアがアプローチしたい人材層でした。今年はそういった方々から内定者はでていませんが、早晩の問題かなと思っています。
今年も、他社内定を断ってまで弊社にジョインしてくれる人材に多く出会えたとともに、そのコストも(毎年のトピックで恐縮ですが)、年間トータルで30万円ほどに抑えられています。5名が入社していますので、一人あたり採用コストは約6万円です。4年前にナビサイトを使うのをやめて以来、毎年同じくらいのコスト感で推移できています。
また、この施策は、社会人とのエンゲージメントを結ぶ施策にもなるため、今後の中途採用への好影響も想定できそうなところに期待しています。
■新卒限定じゃない、って普通のこと:
と、これを読んでいる人事の方々の中には、「いや、我が社も、求める人物像に合う人ならば、新卒学生に限らず、既卒者でも内定出してますよ」という方は多いのではないでしょうか。
たとえば…、卒業して海外で2年ほど自分でお金を稼ぎながら何かしていて、帰国して就職したいと思っている、というような人物がいたら、もしかしたら、普通の大学3年生より優先して選考をすすめたくなるかもしれません。もしくは在学中は目一杯勉強し、専門性を磨いていたような人材も同様でしょう。わざわざ「君は既卒だから中途採用の条件で選考する」という枠組みを持ち出すことはしないはずです。
もしくは他社で就業して間もない人材が新卒に応募した場合、「中途採用として考えてしまうとフィットしないが、能力面も転職理由も、採用して問題ないレベルだ」と判断されるケースはどうでしょうか。これも答えは明らかです。
「新卒じゃないから」と言って不採用にする採用担当者は、まず、いないはずです。
つまり、現実に多くの企業で行われる「新卒採用」は、実際は「新卒だけの採用」に限らない、という状況だと思います。
とすると、「アイティメディアは今さら何を堂々と言っているのだ!?」ということになります(笑。
しかしここで少し考えてみたいのです。
■やはり大学3年生は一斉に、同じような就活をし始めている:
おそらく多くの企業でも、「卒業したあとに就職活動してくれて、問題ない」と思っている。そのぶん多様な経験や専門性が上積みされる人材が増えるなら、ミーハーな就活生が大量発生する現状なんかより、よほどウェルカムなはずなのです。
卒業後に就活する学生が増えてくるのであれば、入社時期も含めて、企業はそれに対応するでしょう。社会人がその経験や能力を武器にあらためて応募するとして、その人が「中長期にわたって事業戦略を推進できる人材」であるならば、学生と一緒のタイミングで応募することにまったく問題はないはずです。
もしかしたら、企業側は、そういう状況が進んだほうがよいかもしれない。新卒も既卒も同じ線上で採用活動をするようになれば、大学生は、社会人と戦うことを意識して就職活動を考え、企業や仕事を知る必要が出てきます。そのとき、新卒として入社しようとする学生が取るべきは、「学業を通じて最も新しい専門性を積むこと」であったり、「旧世代が身につけていない発想やスキルを強化すること」であったりするはずです。そしてそれらのニーズに対応する大学教育も洗練が求められるでしょう。
われわれにとっては、そういう学生や大学が(おそらく上位~中位層に多く潜在していると思いますが)増えてくれたほうが、よっぽど良いのではないか、という思いがあります。
しかしながら現実は、多くの大学生が、3年生の時に就職活動をしないとダメだと考え、一斉に同じスタイルで動き始めます。ライバルは同じ学生であり、学生レベルの視野で企業選びするのも無理のない話です。院進して半年後に就職活動を始めたりします。 一方で就業経験した人々や社会での経験を経た人は、「中途採用」という限られた応募条件の中でしか動けなくなります。
大学側にしても、「就活で学業の邪魔をするな」と言いながら、在学中に内定しない学生が増えてしまっては困るというのが正直なところでしょう。
これらを引き起こしている原因は言うまでもなく、企業が「新卒限定」の条件を明示し、この時期一斉に「新卒採用」を実施し、それ以外の門戸を、極端に狭めることにあります。
新卒とか既卒とか年齢とかいう区別制限そのものは、企業側の戦略として本質的には意味を持たず、「求める能力を持つ人材が、タイミングよく採用できればよい」という単純かつ明快な理屈しかない。しかし、現実はそうならない。学生も企業も、「選択肢はひとつしかない」「その選択肢に最適化することが唯一の正解だ」と考えているかのような「例年どおりの就活」が作りだされ、様々な問題はそのままにされます。
■事業の成長を支える採用が大原則:
企業が、わざわざ「新卒採用」の看板を出し続けるのには、とても単純で、かつ大きな理由が2つあるでしょう。
1つ目は:
「新卒にこだわらないはずの企業が実は多く存在していても、その状況や理由をきちんと伝えるような行動を単にとれていない。伝わっていない」だけだという理由。
2つ目は:
「やはり大多数の企業は、新卒に限定と銘打った採用を行うほうが、都合がいいと考えている」という理由。そこには「まっさらな人材の配置柔軟性や、ロイヤリティ育成」とか「採用活動の効率性」といった観点が根強いでしょう。もしくは、一部の大企業がそう考えて動くせいで、他の圧倒的多数の(大企業ではない)企業もそうせざるをえないということもありえます。
上記2つの理由ともに、各企業が、自社事業の成長を考えた上で戦略的に判断した行為ならば、もちろん、問題はないものです。ただ、アイティメディアの採用でいえば、これらの態度をそのまま継続(放置)しておくことは、事業の成長戦略との齟齬を生んでしまうという認識をしました。
「変化への準備が常態的に必要な環境」を認識し、それを実現する組織、人材、必要スキル、価値観はいかにあるべきかと考えると、どうやら、これまでの考え方では、人材の入口のところからずれ始めているのではないかという危機感が強いのです。
端的には、成長する組織にとっての多様性はいかにあるべきか、という課題でもあります。
---【挿絵】---
イノベーションと多様化 Lee Perfecting Cross pollination
イノベーションを生もうと思えば、「多様性は必須条件である」という事実は、すでに10年前に学術的に証明されてきた。会社組織や事業には、その論理は当てはまらないのだろうか?
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もともと新卒の一括採用・一括育成は、同じ常識や文化を共有・製造する意図が強いものです。そこには「真っ白なところから育てるロイヤリティの強さ」といった、戦略的思惑もあるはずです。
しかし、それが事業戦略として本当に正しいのか?という疑問がまずあり、------今までどおりの新卒一括採用の延長線上に、時代を先回りするロジックを内包できるのかという再考をする------、などをしていくと、自然と、人材の入口である採用にこそ「画一的な」枠組みを捨てるべきという認識に迫られてきました。
これまでの「新卒採用」の方法論で考えたほうが、採用担当者のノウハウが活かしやすいなどというのは言語道断で、企業の変化を否定する行為そのものでもあり、そろそろ根本的に考えなおす時期だということでもあります。
だからここ数年、無理やりにでも「去年とは変える」こと自体が重要だと思って行動しています。 ナビサイトをやめてソーシャルを先んじてみたり、合同選考みたいなことをしてみたり、育成面ではシェア研修のような試みをしています。そして、「新卒」という制限を外しました。
また、詳しくは別稿にしますが、採用だけではなく、社内の等級ロジックや評価システムの考え方も大きな変更を施しています。(例えば、業務とそれに関わるスキルのレベルを強く意識するようになっています。)
採用の場面においては、若い時に多様な経験をした人材や、様々な価値観や思考バリエーションへのアプローチが、喫緊の課題です。
いくら国籍や性別を多様化してみたり、学生時代に特徴的な経験をした人材をターゲットにしてみたりしても、「新卒で一括で入れて、自社最適化して育てる」というような根本の発想が変わらない限り、それは多様性の体現とならないのではないか、とも思っています。一定の枠の中から発想が出ていないことには変わりがないからです。先の政権下で行われた、“卒業後3年までを新卒扱いに”、という政策にいたっては、発想の大前提が異なっています。
さらに願うこととしては、世の中に、これまでにない発想や行動をする人たちが増えて欲しいということです。新卒採用担当者の仕事内容を一変させるような、古い世代を混乱に陥れるような新しいクラスタの登場も、もっともっと必要でしょう。
採用や就職の場にある「現状維持バイアス」=「均一化バイアス」といったものから脱するためには、積極的に、「就職活動なんてものは卒業してからで問題ない。むしろ好ましい」とか、「在学中の就活だけがキャリアの道ではない」とか、「常識に従順なくらいなら、変態でいい」とかいうアナウンスはもっと具体的な形を持っていい。そういう人材が評価される企業やしくみの存在を訴求していくなど、企業側の積極的な実践が必要だと感じています。
こういったことから、さきほど1つ目の理由としてあげた「きちんとは伝えていない」(けど、そういう人材が応募してくれれば、対応する)という受動的なスタンスは、アイティメディアの採用担当者としては、自社の戦略を積極的に体現できないことになってしまうのです。これはとりもなおさず、採用担当者が仕事をしていないということになってしまいます。
■「均一な人材育成」と「1年半後の人員計画」:
2つ目の理由として提示した、「やはり新卒に限定したほうが都合がいい」という理由も、よくよく考えてみると、弊社の場合、特に見つかりません。
「真っ白な人材を採用し、自社に染められる」ということを価値とした一括採用・一括教育の成功体験に従うことは、企業の将来ビジョンに照らしてみると、必然性に乏しくなっているように思います。自社に染めてコントロールしやすくすることを「成長」と言い換えているだけではないか?と、Webで事業をしている弊社のような企業は特にその疑問が明確なのかもしれません。
特に個人に対して「自立的な成長」を企業が期待するのであれば、そもそも「新卒一括採用と一括育成」は、逆行してしまう危険のほうが大きいのではないかとも思っています。少なくとも、育成の場面ではそれを意識することが多くなってきました。
専門性の高さ(+広さ+変化の高度な追求)が求められる仕事が増えていくほどに、仕事の定義があいまいなまま行われる「新卒一括採用」と「自社都合育成」の出番は少なくなってくると感じます。
新卒に限定した採用が「現場の仕事とは切り離されたロジックで動いている」ゆえに人事にとって「やりやすい」仕事で、「人事が現場のことを知らなくても出来る」とか、「仕事の定義や専門性の定義が曖昧なままでも実行できる」というような前提で成立しているのだとしたら、そろそろ、その「都合がいい」は、採用ミスマッチ問題(本人の成長問題、現場とのミスマッチ、早期退職問題を含む)の大きな要素として、反省すべき時期がやって来たのだろうと思います。
また、「都合がいい」のもう一つの捉え方として、新卒に限定するほうが「効率がいい」という観点もあると思います。しかし、その「効率」という考え方そのものが、かえって効率を悪くする(つまり、採用結果が例年あまり向上しない)時代になっているのではないか、と考えています。
「効率的」を求めて相手に接する態度こそが、相手の信頼感を決定的に損ねる、と意識すべき時代だからです。企業の都合どおりに、ユーザーを「コントロール」できる情報流通の時代は、終わったと思っています。採用の場面でもそれは顕著で、ナビサイトの効果がなくなってきているのは、まさにこの理由にほかならないと、考えています。つまりWeb1.0時代を代表するナビサイトが使い物にならなくなっている理由は、「効率性の追究」による「信頼感の欠如」にしかつながらないからです。
もちろん、12月〜5月あたりの時期は新卒で優秀な人材が多く動くので、それに合わせて採用活動を行ってしかるべきですし、求める人物像に合う新卒の方々にも、多くアプローチできるタイミングです。しかし、採用担当者が掲げる「採用活動の効率性」という理屈の妥当性は、本当に「ターゲットを学生に限定する」「時期を限定する」ことで担保されるものなのか?という疑問に突き当たらざるを得ません。簡単に言えば、「本当の効率性って、そういうことなんだっけ?」ということです。
新卒にターゲットを限定することが、多くの学生の均一的な質の劣化を起こし、採用担当者もいい加減な判断基準しか持たずに済ませられ、人事は現場の仕事を理解しなくても学生相手だから偉そうにでき、でも求める人材へのアプローチという面からはイマイチで、入社した途端にミスマッチを感じる新入社員が一定量いるような状態で、育成面との考え方もズレ、現場のマネジメントが悪いとか今のゆとり世代はとか言っているのであれば、そこに制度疲労が起きるのは当然で、この方法が本当の意味で「効率的」なのか考え直す時期にきていると思っています。
加えて、日本中の企業が「効率を求めた」ゆえに生まれた「新卒採用は=1年半先の人員計画である」という図式は、企業経営の姿として効率的なのかという問題も、人事として見なおす必要を感じています。本来の経営的視点からは、質が高い人材の採用を、「ジャストインタイムで判断したい」というのが要望のはずです。そちらに向かう努力に切り替えるほうが、人事の妥当な仕事である気がしてなりません。
若い人材の経験が多様化する世の中になってくれば、人々の動きはまちまちになると思うので、何もこの時期に限定して採用活動をすることもないと思っています。そのほうがジャストインタイムの考え方にも沿う。研修が一括でまとめて出来ないから非効率だとか、そんな瑣末な理由で事業成長のための戦略を大きく踏み外す必要はない。
その状況に合わせて対策を充てれば良い話です。
■前編の最後に:
繰り返しになりますが、上記2つの理由ともに、自社の事業の成長を考えた上で、どのような回答を出すべきか決めるべきものです。当然ながら、アイティメディアの判断がどの企業にとっても当てはまるというものでもありません。あくまでも、私たちがここ数年考えていることは、新卒採用に限定する枠組みは取っ払ったほうが、事業と人材のマッチングに貢献する、ということであり、成長の必然性が増す、ということです。だから「新卒採用の看板を下ろす」実践フェーズに具体的に移行した、ということになります。
こういった採用を結果につなげるための、プロセス設計と運用も、いったんうまくいっていると考えています。
しかしながら、各社毎の戦略判断の問題であると考える一方で、日本中を巻き込んで延々と続けられる、この「新卒限定採用」が孕む構造問題が、結局は個別各社の採用を苦しめる原因になっていることも確かだと考えています。その事実を直視した時、この悪いスパイラルを、どこかで、皆で断ち切るような、マクロな視点の活動に広げなくて良いのか??・・・という、次の段階に進む視点を、採用担当者として考えざるを得ないようにも、同時に思うのです。
後編では、そういった視点をマクロに移し、この変化しつつある環境下において、採用担当者が対峙するべきいくつかの「これからの考え方」について、まとめてみたいと思います。
(文責:人事・採用担当 浦野)
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