LinkedInで社員がアカウント公開することは快く思わない。業務に支障をきたすから社員のソーシャル上での活動はなるべく制限・禁止するべき。
こういった、いわば「社員の行動を、自社都合に最適化する」という思考や枠組みはいろいろなところに当たり前に存在していています。しかも、この発想で「研修」を豊富に提供することが、「育成制度がしっかりしている」「社員の育成に積極的」と言われたりもします。
ひとむかし前であれば、会社の都合のとおりに社員が成長すれば、その社員の人生にとっても都合が良いという等式が成り立ったと思います。しかし今はそういう前提条件が成り立ちづらくなっています。日本経済の状況変化もそうですが、大きな社会環境の変化(=後述するネットワークの高度化やソーシャルといった社会行動規範の台頭)も、そこには大きく影響しているということだと思います。
もちろん、自社に集う個人の活動は、自社の成長に貢献しないと意味がないわけですが、そのためには、これまでのような自社最適化アプローチで十分かなえられるのだろうか、という点が問題になってきます。
個人的には、以前にこのブログにも書いたのですが、社員個人の成長/育成を、「自社都合に最適化された人材をつくりだすこと」という枠組みで捉えることには、そろそろ無理がでてきていて、結果、企業として・人事担当者としての本来の目的を果たせなくなってきている状況ではないかと思っています。
今起こりつつある社会構造の変化を直視し、個人の成長はどう促進されるべきものなのか、そろそろ企業側も、働く個人の側も、新たな枠組みを基準に真剣に考えていく必要がありそうです。
■仮説的試み:新入社員研修を合同で行う
そんな考えをひとつ形にするものとして、“ 育成の場を社内に閉じ込めない ” というやり方があると思っています。社内最適化ではなく、いきなり社外コラボレーション能力の獲得(≒業界最適化)を視野に入れる、というような。
今年は、Web業界の5社が合同で新入社員研修を行ってみようということになり、この4月から実施し始めまています。目的や内容について、合同開催の1社である株式会社ガイアックスの大嶋直子さんが分かりやすくまとめてくれた記事があります。
今回は新入社員研修に関するノウハウやリソースをシェアしてみようという、出発点的な試みですが、ゆくゆくは、業界枠にも拘らず、(研修にとどまらず広い意味での)成長機会を自社の枠を超えて創出しあい、提供していくことを目標にしています。
私たちの狙いとして、今回の単発の研修で終えるのではなく、将来的には企業間留学のような形式で、より深く「企業の枠を超えて人材を育成する仕組み」を創りたい
(中略)
さらには、人事主導のものだけでなく、社外同期となったメンバー自身に自主的にコラボレーションの場を設けてもらいたいとも期待
■手段を目的化しないために
新入社員研修は、企業にとって非常に重要な投資案件だということになります。であればこそ、いろいろな試みが行われてしかるべきでしょう。もちろん、重要な研修を合同で行うことのメリットもデメリットもいろいろあると考えています。しかしひとつだけ言えるのは、「合同で行うから良い」のだとは誰も考えていないということです。これは各社がそれぞれに想定する新たな育成施策の中の、たったひとつのかたちにしか過ぎないのです。重要なことは、それぞれの企業が変化する時代に危機感をもち、ビジョンのもとに課題感を明確にし、その解決のために人事担当者が新しい視野で行動を模索しはじめたということにあると考えています。
ですから、“ シェアするのが素晴らしい”、というような、手段の目的化まる出しの姿に陥らないことが重要でしょうし、また、“ 去年もやったから同様に今年も ”という無為な繰り返しになるのであれば、それは最も避けたいところです。
企業や人事担当者にとって、いま起こっている環境の変化に自覚的になれば、次の3つのプロセスが求められるのだと思います。
(1)ビジョン(変化への洞察)を新たにすることで
(2)新たな課題が明確になり
(3)その解決手段を過去の思考にとらわれずにつくる
そして、わたしたちが直面している現状は、まさに「ビジョン」の大きな見直しを迫られているのだ、という共通認識を持つべき時ではないでしょうか。
ビジョンが変われば課題も変わります。解決手段も新たになります。
もしも成長/育成に関する人事担当者のビジョンがここ数年変わっておらず、結果として同じような施策を繰り返し企画して、“昨年も実績があり…” というような稟議を通している状態なのだとすれば、そろそろ環境の変化について真摯に向き合うべきときではないか?と、思うのです。
こういったことを踏まえながら、今回は5社で合同の企画を行うという(なんとなくソーシャルな??)仮説に至り、実施しています。
そういう環境の下でプロフェッショナルとしての第一歩を踏み出した新入社員たちも、それに充分反応してくれているのではないかと思います。もともと若い力の成長力とは、柔軟性に根ざしているのかもしれません。それを人事が古い視野で阻害しないこと、そういう観点もいま必要かもしれません。
今回の合同研修に関する詳細は上記の記事をご覧いただければ充分かと思いますが、以下では、その背景として考える “ソーシャル化する時代の育成(成長支援)” について、今思うところ(ビジョンと課題)を、やや蛇足気味ですが、書いてみたいと思います。
■背景にある発想:(環境変化とビジョン)
極端な話をすれば、成長のための機会創出については、企業も社員も、これまでのような「自社最適化する発想」をすべて捨ててしまうくらいのほうが丁度よいのかもしれません。「外を意識するところからすべて始め、そこに集中せよ」、と。
社員が自社最適化を優先するという発想は、個人の成長を滞らせ、企業の成長を滞らせる可能性が高いものです。
今好調な成長企業があるとして、そこに集う人材が「この会社の成長に自分も乗ろう」とか「この会社は自分を成長させてくれる」という発想になったとき(つまりそれはその企業の業績がとても好調なときや、企業人気が高いときだと思うのですが)、その企業の最大の危機は、まさにその好調ゆえに発生する個人の会社依存が原因になると、これまでの歴史がさまざまな実例で示してくれています。
また、現在~今後について考えれば、(ネガティブな言い方になるかもしれませんが、)自社に最適な成長を個人に求めた結果について、企業はもう責任を取るなどと言えないはずだと思います。それにも関わらず、人事制度の端々に自社都合が優先されるのであれば、そこに優秀な人材が育ったり、集まったり、その企業の成長に強くコミットしたりすることは少なくなっていくでしょう。
これからの社会において、主体的に働く意識を持つ個々人が、その企業の成長に強くコミットする理由とはどのようなものであるか、人事として考える必要がありそうです。
ひとつの仮説としては、そのコミットメントの結果生み出されるものが自身の成長に対する本人の納納得・達成感となる場合であって、そういった場合の成長の中身というのが、会社からの評価の枠を超え、自身が業界や社会全体の新しい仕組みづくりに貢献できるようなもの(スキルやコンピテンシー、ネットワーク上でのプレゼンスなど)であるという場合でしょう。
個人の手による新しい仕組みづくりの可能性がとても高くなっている時代です。そういった活動に個人単位が参加し、貢献できる可能性が広がっています。そういった種類の成長が、これからの社会を生きる個人の生活基盤や精神的満足のために必要だということは、優秀な人材であるほど意識的になっているはずです。
これは自社への所属ロイヤルティだけ視野に入れて発想していては難しいものです。
人事としては、そういった人材が集まりたくなり、成長したくなり、貢献しようとする場に自社がどう変わっていけるのか、自社がそういった存在となった結果、本当に事業を成長させていけるのか、そこを考えなければならないはずです。
多くの人事担当者の皆さんからしてみれば、これらは特段に新しいことを言っているというものではないでしょう。表面的には何を今さらという議論でもあるはずです。しかしながら、今まで議題として取り上げられながら、その具体化に本腰を入れていなかった、なぜなら、前提とする環境変化のスピードがここまで速くなるとは本気では考えていなかった、というのが実際のところではないでしょうか。(少なくとも私はそうでした。恥かしながら)
加えて言えば、個人の成長が自社からのみ評価されるものではなく、自社以外の人たちからも評価されるものであるかが重要だと捉えるのであれば、ソーシャル上に発信されて共有・拡散されていくべき事柄はどんどん増えていくでしょう。Web上(たとえばLinkedIn)に社員の情報がない企業というのは、それだけ成長を実現できていない企業である(公開されるほどの成長機会が得られない企業である)という判断が、主流になってくるように思います。
■過渡期としての課題
ネットワークの概念や技術がますます高度化されることで、それに支えられる社会は、あらたなグローバル化(ソーシャルな行動規範が台頭する状況)へと、必然的に進んでいくでしょう。この動きはもう戻ることがなく、今は、生活や産業の構造が、大きな変化の過渡期を迎えていると見るべきだと思います。
そんな過渡期ゆえに、視点を変えている人(企業)とそうではない人(企業)の考え方の違いがどんどん大きくなっていくようにも見えます。
自社に集う個人に対して、会社が責任を持つことが出来るとすれば、それはその人の一生を自社の雇用で守るということではないのはもう自明なことのように思えます。だけれど、人事が(優秀な人材を得よう・育てようとして)しくみや機会をつくろうというとき、発想の出発点が相変わらずなのは、そのほうが既存の組織を御しやすいから、という人事的理由が大きいかもしれません。しかしそれでは、たとえば上司からの評価が社員にとっての最優先事項であるといった、行動範囲の狭さを演出してしまわないか、それは会社の成長という観点からも良いものなのか?という見直しは必要になるかと思います。
働く個人の側からも、自発的な発想でこれまでと異なる選択肢を柔軟に受け入れ続けるというのは、難しいものです。変化する時代のあり方を「不安定」として捉えてしまうことで、本来であれば柔軟性が長所であるはずの若い世代にとっても、「企業の安定」に完全依存した「一生安定」を望む発想がひとつのキーワードになる傾向すらみえます。もちろん、企業の安定を求めることは悪いことではありませんが、そこに個人が自分の安定の根拠を求めるのは、企業にとっても個人にとっても、また社会にとっても、あまりうまいことのように思えません。
社員個々の成長支援の機会をどう創出するか。人事が考えるときのポイントは、
・個人が果すべき成長は、自社最適化を超えた評価をされるものであるということ
・その視線の先は業界の成長、社会の成長をどう支えるものであるということ
・個人に対してそのような機会を提供し促進できるものであるか(少なくとも邪魔しないか)
というような視点の共有であり、そこをすべての基準として方法論を組み立てなおすことだと思っています。(加えて言えば、そこで捉える“社会”“業界”とは、国内外という地理的枠組みとも関係ないと思います)
こういった視点を変える必要性は、成熟業界に訪れている課題のように聞こえるかもしれませんが、いやいや、実際にはWeb業界でも、過去15年ほどの成長プロセスを経て、今まさに似たような状況が課題となっているというのが、厳然たる事実です。Web業界でこの15年ほどの間(Web1.0とか2.0とか言われていた期間)、それなりの成長してきた企業は、そこから次の成長への脱皮を試みなければならない、という危機感を共有しているのではないかと思います。
この脱皮のスピード感を失わないことが、特にWeb業界では個人にとっても企業にとっても生命線であり、課題認識を明確にし、解決に向かって具体的な行動に移すべくいろいろな方策を打っていきたいものです。
■若い世代の成長機会について
と、そんなこんなで、話を冒頭の合同研修の例に戻しますと、時代背景への視点と過渡期ゆえの課題を共有する担当者が出会い、若い世代の成長機会を考えた結果、新入社員研修を合同で行ってみる、というのはとても自然な流れでした。そしてそれは先述したとおり、次の展開への第一歩であるということも認識として共通しています。
研修を合同で行えばコストやリソースの負担が下がる、というのが実際の入口としてはとても魅力的に映りますが(笑)、参加している5社の担当者全員の大きな視点はさらにその先、「どのような社会をわれわれはつくっていくのか」「人事としてそこに携わるためには、どういった行動が必要か」…そんなところに据えているつもりです。
【今回参加している5社と担当者】
株式会社オールアバウト 柏原浩志さん
株式会社ガイアックス 大嶋直子さん
株式会社マイネット・ジャパン 金田幸枝さん
株式会社モバイルファクトリー 小泉啓明さん、下村友香さん
アイティメディア株式会社 浦野平也
最後に。 このようなビジョンや課題感を共有する担当者のみなさま、いらっしゃいましたら、ぜひお声掛けください。なんか一緒にやりませんか?
(文責:人事・採用担当 浦野)
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